言い伝え・伝承

殺生石でできたお地蔵さまがある!?「真如堂」九尾の狐伝説

九尾の狐

栃木県の那須に「殺生石」という有名な観光スポットがあります。

実はこの殺生石は、京都の妖狐の伝説が元になっているのです。

殺生石とは?

殺生石

溶岩であり、石から発する有毒の火山ガスで鳥や生物が死んだ、と信じられこの名前がつけられました。

実際には冷えかたまった状態の石そのものにはそこまで強い殺生の力はありません。

ただし火山の周りでは有毒ガスが発生して特に谷間には溜まりやすく、那須の観光地ではガスの濃度が強い日は立ち入りが規制されます。


京ギツネ

京都の妖ギツネ伝説・・

前回の記事で紹介した日本三大怨霊・崇徳天皇の父である鳥羽天皇が登場する伝説だぞ!

妖狐「玉藻前」の伝説

玉藻前

平安時代末期、鳥羽上皇の寵姫の中に大変美しい玉藻前(たまものまえ)という女性がいました。

鳥羽上皇は玉藻前をとても気に入り、特別にかわいがりました。

ところが、鳥羽上皇が玉藻前を寵愛すればするほど、鳥羽上皇は体調を崩していきました。

そこへ現れたのが陰陽師・安倍晴明の子孫である安倍泰成です。

安倍泰成は鳥羽上皇の病は玉藻前の妖術によるものとし、玉藻前が妖狐の化け姿だと見抜きます。

玉藻前は鳥羽上皇の兄である薄雲皇子(うすぐものおうじ)と共謀し、鳥羽上皇を倒し天下を取ることを企てていたのです。

安倍泰成が退治のために真言を唱えると玉藻前の化けの皮がはがれ、九尾の狐の姿になります。

九尾の狐のイラスト


那須野(現在の栃木県那須)へ逃げた九尾の狐は、鳥羽上皇が派遣した討伐軍により仕留められます。

ですが、九尾の狐の体は巨大な毒石に変化して死の煙を絶えずはきだし、近づく人間や動物の命を奪うようになりました。

鎮魂のために訪れる高僧でさえその毒に次々にやられてしまいますが、玄翁(げんのう)和尚がついにこの毒岩を打ち砕きます。

その破片は全国各地へ飛んで行った、とされます。

京ギツネ

九尾の狐はもともと中国の伝説からきているんだ

「若藻」という少女の姿に化け遣唐使船に同乗して日本へやってきた、と言われているぞ!

京都の真如堂には殺生石でできた鎌倉地蔵がある


殺生石を打ち砕いた玄翁和尚は祟りを鎮め亡くなった者の供養するため、殺生石の欠片で一体の地蔵菩薩像を作りました。

殺生石のかけらの中で唯一その後の行方が分かっているものがこの地蔵菩薩だと言われています。

当初鎌倉に置かれた殺生石の地蔵は江戸時代に京都の真如堂(真正極楽寺)へと移されました。

この地蔵菩薩は鎌倉地蔵と呼ばれ、ご利益は家内安全・福寿・冤罪を晴らす・心の病の回復などがあります。

真如堂は安倍晴明の蘇生伝説があり、閻魔大王の前にひれ伏す安倍晴明の姿が描かれた「晴明蘇生の図」の掛け軸も見どころです。

京ギツネ

・・にしても、鳥羽上皇は兄にも狙われているなんて、崇徳天皇の件といい本当穏やかじゃない話だよな・・



九尾の狐はオカルト好きに好まれる、たいへん人気がある妖怪。
多くの漫画や小説に登場します。

うしおととらの白面の者も九尾の狐がモデル。
殺生石も登場します!